Mt.Fuji returns!
このイベントは私には結構重要ものになっています。私が社会に出る前の学生時代に志を強く決意した場所なのでたまにその確認をしているという感じです。
私なりの富士山登山には定義がありそれに該当しない場合はあまり意味がありません。
1.安全に必ず元気で無事に帰宅する
2.1人で登頂
3.閉山中登頂
この定義で登ると、日本の頂上にたった1人で誰にも邪魔されずゆっくり自己啓発や学びを見出す最高の贅沢??な時間を送ることができます。もちろん閉山中ですので山小屋も無人、人っ子ひとりいないのですべての判断は自己の責任・自分だけが頼みということになります。このリスキーさが企業経営に通ずるところがあります。良い子の皆さんはマネしないようにしましょう(参考:富士山は通常は7月開山ですが雪が多く梅雨で天候不純が続きますので7月下旬から8月が一般的で理想です興味あれば)
自分なりの富士山記録
1回目 1991年 大学生時代将来起業家なろうと決意した後、たまたま友達10人くらいと富士登山へ、その時頂上にたどり着いたのはたまたま私だけ他のメンバーは前日の酒の影響と道に間違ったりで断念、頂上眼下の9.5合目から隙なく広がる雲海、まさに雲の上に立った感じ(これは本当に稀なようです)自分の中で達成感と相まって確実なブレイクスルーを実感した瞬間でした、イメージ的には「開眼」したような感じ
2回目 2000年 起業家を志してサラリーマンで20代努力しこのままではサラリーマンになってしまうという危機感からまず退社独立という道を選んだ、ビジネスプランを山ほど作るがうまく進まず挫折の日々、家庭問題も発生し最悪の時期に「自分の強さを知りたい、自分はあらゆる苦境を突き破る力はあるか?」という試練と10年前の回顧・原点復帰で準備もなく、思い立ったその日にチャレンジ → 想像を絶する苦労があったが(機会があったら書きます) 達成! これまたものすごいブレイクスルーを体験
3回目 2001年 前年の苦労したことに対しリベンジの気持ちで用意周到でチャレンジするも風速20m超の嵐に見舞われ安全に帰宅することを目標に掲げているので8合目でリタイア・・・翌年へ思いをつなぐ
4回目 2002年 万全の事前トレーニング、気象予測、現地関係者状況聴取、機材準備で無事達成!
5回目 2008年 2004年のエスコ設立後行けていなかったので一新発起、ここのところ体力に自信を失っていたので再度自分を追い込んでみたい、自分は自分の期待にこたえられるのか?と自分の胆力を試してみようと計画しました。5月初めから走り込みを実施少しづつ距離を増していきました。気象情報を敏感にチェック、ターゲットを18日に定めましたが、奇しくも2000年と同日であったことを帰ってから知りました。3日間分冬山でビバークできる装備をしょっていざ出発!
登山日記 6月18日AM4:00
「久々に戻ってきたぜ!」と
朝日に向かってミネラル水をかざし乾杯!
6月18日AM6:00 7合目付近で休憩・・眼下には息をのむ絶景(※注 顔が白いのは日焼け止めをガン塗りしているため)
6月18日AM7:00 8合目付近から 完全雪山となりました・・・今年は例年よりも積雪が多いとのリサーチをしていましたので冬季用重装備をチョイスして正解!何事も段取り八分、備えあれば憂いなしですな・・・・雪が緩んでいるので雪崩と滑落に注意してがんばるぞ
やっと山頂付近が見えた!終盤雪に足がとられて体力・・落ち気味・・ヘトヘトです。 目指す頂上はあそこだ!
