先日から決めていたことを今朝実施してみました。これから毎月定期的に1日に実施することに決めました。
それは我が家の「墓掃除」です。墓掃除といっても我が家の墓はバカでかく結構大変です。墓石だけで20体くらいあり一戸建ては簡単に建つ広さです。これも偉大なご先祖様が代々守ってきた結果です。
子供のころ父に連れられ墓掃除を何となくしていたことはありましたが中学生以降親まかせで自分では一度も行ったことがありませんでした。数年前からのままではいけないな・・・と考えていました。
今回行動に至った要因は、以前は感じることのできなかった「自分の存在自体に対する感謝の気持ち」を最近抱くようになったことが大きいと思います。
この行動自体はつまらないことですが「自発的に行ったこと」自体、私にとってはとても大きな成長であると考えています。
しかし・・いざ行ってみると「自分は何と未熟なのだろう・・」と痛切に感じさせられました。
ひとつは親の定期的なメンテナンスについての意識の高さを感じた部分です。定期的に手入れをしているので雑草もさほどでもありませんでしたが、目を引いたのは「墓石の裏側スペース」でした。ここが妙にきれいにされています。表側よりも裏側を奇麗にしているのが掃除を行ってみてよくわかりました。これはどういうことかというと見栄とか建前で行っている上っ面な行動では全くなく「大切に思う気持ち」が起こしている行動からだと痛感しました。墓石の後ろ側のスペースは隣との弊まで1mほどですが入りづらく手入れもしづらいので敬遠され、近隣を見ても雑草も生え放題のお墓も多い中、我が家のお墓は本当に奇麗にされていました。これには脱帽でした。自分としては墓石のを望む表側の広場の整備をすればいいものだと思いましたが、あらためて自分の怠慢な姿勢に未熟さを感じました。
もう一つは「草むしり」についてですが草むしりなど本当に久しぶりですが、「草むしりもろくにできない自分」の存在がそこにはありました。根っこから引き抜くためにはそれなりの道具が必要という知恵も忘れており、手で1本1本抜いてきましたがうまく行きません・・・草むしりもろくにできないようでは日頃自分が語っている夢や目的など・・・本当に笑ってしまいます。この部分でも自分の未熟さを痛感しました。
なんだかんだで1時間半ほどかけて終了しました。親の偉大さと自分の未熟さを実感した時間でした。
人は何を体験しても「得るもの」が多大にあるものですな~・・