2009年7月28日

おめでとう

わが母校、作新学院が31年ぶりに夏の甲子園に出場することになりました。

とてもめでたいことです!!

私はブラスバンド部だったので野球部といつも一緒にいましたから思いは強

かったです。私の同学年の栃木県は当たり年で上位4校でプロに行ったのが3

名ととてもハイレベルだったのをおぼえています。

私が高校3年の時の各校のピッチャーは

作新エース >> 「中日の落合」

宇都宮南高校のエース >> 「近鉄の高村」

足利工業のエース >> 「ベイスターズの石井」

こんな感じで素晴らしいメンバーでした。最終的に勝ったのは足利工業で、作新

の夏は終わりました。

まだ頭の中には鮮明に21年前準決勝で敗れたときに記憶がありますが今度

はOBとして支援したいと思っています。

聞くと私の同級生の娘がレギュラーの一人と付き合っているとのこと・・ 

時は流れていますね・・ 

2009年7月24日

便利はいつか忘れるもの

社内のFAXが故障したため新しいマシンが入荷するまで代理で古いFAX

でしのいでいます。今の時代はコピー・FAX・プリンターが一体の複合機が

普通で用紙も普通紙、カラー印字が一般である。

代用のFAXは「感熱紙」というやつでロール紙のため受信した紙が丸まっ

てしまいます・・受信ペーパーの取りまとめが悪く面倒・・昔同じような苦労

をしていたのを忘れていました。

十数年前はこれが普通だったのでしょうが便利に慣れてしまうとありがた

みに気がつかないものです。

どんどん機器が発達し便利になっていきますが、それに至った変化の歴史

は「ニーズ」を探る意味で重要なトレーニングになります。

以前の環境を若い世代に伝えることも役に立つのではないか?と感じた出

来事でした。

年長者(生き字引)はそんな役目もあるかもしれません。

2009年7月17日

うなぎパワー

今年の土用丑の日は19日の日曜です。この日はウナギが食べられそうもなかったので

本日の昼食は一足先に「うな重」を食べました。

さすがにちゃんとしたうなぎは違いますね~ 

体からパワーがほとばしってくるようで体が熱い!一緒にいただいた肝も聞いているの

かもしれません。今日私の行った店のうな重には活きのよさそうな大ぶりウナギが3枚

も入っいて半端じゃありませんでした。  

私は人に負けないと自負するものの一つに「体力」があります。自分の生命力は一流だ

と思っています。その代り知力はまったくもってだめですが・・

その自称無敵の体をさらにドーピングしてしまいました。

何をするにもまずは体が基本、厳しい夏の暑ささえも味方にできるよう頑張ろう!

 

 

2009年7月14日

国際的倫理感

臓器移植法の改正案が参院本会議で可決された。

この問題は欧米との姿勢の違いを以前から議論されていたがここま

で急展開するとは予想していませんでした。

人の死に対し西洋的な教育や宗教・文化を有さない日本人は脳死=

「人の死」と完全に認めることができるのだろうか?

物心を完全に切り離した考え方を有しなければ、仮に親族として臓器提

供の決断の決断を強いられた時、判断ができないのではないかと考えて

います。

このようなシビアな問題、他に環境問題、人口問題、食料問題など日

本はグローバルスタンダードについて行けていないと感じます。

それは日本の民族的背景や島国文化が大きいと思います。

例えば普段日本人が何気に使っている「外人」という言葉からもそれを

うかがうことが出来ます。この言葉を日本人は一般的に多用しますが国

際社会においてはすべてが「外人(Foreigner)」で、出身国名で呼ぶの

が一般的でありこの呼び方の利用は控えるべきものなのです。

島国の日本人はどうしても自文化中心、独自の思想を中心としてしか考

えられない教育を受けており、外来のものは即座に対応する能力がないた

め一旦異物として区別し、取り入れるのではなく共存共生しているように

思えます。

これから日本もますますグローバルスタンダード化が進むでしょうから、自

分の固定観念も柔軟にしなければならないなと感じた出来事でした。

 

 

2009年7月 9日

ありがとう・・の意味

昨日大学時代の同級生2名とひさしぶりに都内で会った。

一人は世田谷で医療器関連の会社を家族で経営しているマエダ

もう一人は年商20億の葬祭業を経営しているトナミ

大学時代は私も含めてボンクラ学生でたいして取りえの無い連中でした。

 

マエダは昔から大人で成城の豪邸に住んでいて両親から厳しい教育を受けて

いたようだ、私生活はそれほど真面目な男ではないが当時一人暮らしで田舎

者の私に、金がないとき実家で飯を食わしてもらったりといろいろ世話になった

男である。マエダとは2年に1回くらい定期的に会っている。今回は1年ぶりく

らいである。

 

トナミはもともと格好など気にしない豪傑だ、勉強は一切しないがいつも経済

書や古典などを読んで学生時代から経営者になるために研究をしていたように

思えた。理詰めのディベート大好き人間で、ウォール街のビジネスマンのような

感じの男である。12年ぶりの再開だ。

 

今の私に大きな影響を与えたのはトナミだった。学生時代ものを知らない私が

彼とディベートしてもいつも敗北・・悔しいが学生時代は経済のことなど興味がな

かったので勉強する気にならない、よっていつも負ける。

今となってはマクロ経済学の重要性もわかっているが当時は興味がなかった。

 

そんなあるとき、トナミはその経済に対する非凡な素質に目をつけられ大学在籍

中に後継者に抜擢され会社を継承し現在にいたっている。

私はこの出来事にあこがれた、共に遊び呆けている学生に数億規模の会社を任

すとは・・ 俺もそういう声のかかる人間になりたい。でも自分には無理だろう。

どうしたら未知の経済社会で立派に生きてい行けるか?全くわからない。

でもトナミには学生時代負けっぱなしだったから人生では彼を超えたい。

できる自信は全くないし、社長の自分を想像・イメージさえできないが一度しかない

人生だから挑戦したい!自分は経営者になろう!

こんな葛藤の中、現在のきっかけとなる礎を築いたのを覚えています。

 

トナミは久しぶりに会って言っていた。

現在は閉塞感があると・・

それはとても意外だった、上場を目指して意気盛んに取り組んでいるものと思って

いた。彼もあるときまではイケイケだったようだが、年間20億からの金の苦労が

自分を色々と追い込んでいると言っていた。 私には経験のない苦労だから同調

はできなかったが、この豪傑がそんな弱音をはくほど経営は難しいものなのだな

とあらためて感じた。

私の目標の一つに彼を超えることも一つのテーマであるから友達としてすこし照れ

くさかったがはっきり言ってあげた。

 

「初めて言うが俺はお前を超えることを一つの目標としていたんだ、今もそう思っ

ている」 と・・

 

彼はぽつんと言った 「じゃあ逃げなきゃな・・」

 

それから別れるまでは昔の思い出話に花が咲いた。もちろんつまらないディベート

も・・FRBがどうのこうの・・グリーンスパンがどうたらこうたら・・・延々と、

夜中の1時を回るころ帰ることにした。昔通りの割りかん一人5000円なり!

 

駅で別れ際にトナミは俺に思いっきり微笑んで「ありがとう・・」と言った。

私は軽く手お降ってわかれた。

 

私は心の中で 「 がんばれよ!俺も頑張るから 」 とつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2009年7月 3日

Pマーク

この間Pマークを取得したと思ったらもう二年・・ 昨日更新確認の連絡がありました。

Pマーク(プライバシーマーク)を2年前取得したときはマネジメントシステムの「マ」の字も知

らずに挑戦し、某K倉さんには大変お世話になった記憶しかありません。

今回は管理する人材も揃っていますのでサラッと更新!と行きたいです。