2009年7月14日

国際的倫理感

臓器移植法の改正案が参院本会議で可決された。

この問題は欧米との姿勢の違いを以前から議論されていたがここま

で急展開するとは予想していませんでした。

人の死に対し西洋的な教育や宗教・文化を有さない日本人は脳死=

「人の死」と完全に認めることができるのだろうか?

物心を完全に切り離した考え方を有しなければ、仮に親族として臓器提

供の決断の決断を強いられた時、判断ができないのではないかと考えて

います。

このようなシビアな問題、他に環境問題、人口問題、食料問題など日

本はグローバルスタンダードについて行けていないと感じます。

それは日本の民族的背景や島国文化が大きいと思います。

例えば普段日本人が何気に使っている「外人」という言葉からもそれを

うかがうことが出来ます。この言葉を日本人は一般的に多用しますが国

際社会においてはすべてが「外人(Foreigner)」で、出身国名で呼ぶの

が一般的でありこの呼び方の利用は控えるべきものなのです。

島国の日本人はどうしても自文化中心、独自の思想を中心としてしか考

えられない教育を受けており、外来のものは即座に対応する能力がないた

め一旦異物として区別し、取り入れるのではなく共存共生しているように

思えます。

これから日本もますますグローバルスタンダード化が進むでしょうから、自

分の固定観念も柔軟にしなければならないなと感じた出来事でした。

 

 

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